なぜファブラボに「ライブラリー」が必要だったのか 専門性と遊びを両立させるための選書
神奈川県厚木市にあるソニーの厚木テクノロジーセンター(厚木TEC)は、相模川に面した約19万㎡の広大な敷地に2つの研究施設を構え、半導体の研究開発にあたるソニーの設計・開発拠点です。
2018年、厚木TECの食堂地下に作られた「コミチカ」は、社員の皆さんが自由に使えるファブラボ(3Dプリンターなどのデジタル工作機器を備えたものづくり拠点)と、専門知識や新しいアイデアを得るためのライブラリーを備えたコミュニティスペースです。スペース設置の要望・提案から、管理や貸し出しの運営までが有志の皆様で行われているこのコミチカでは、どんな本がどのように読まれているのでしょうか。
有志メンバーであるソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社の馬場翔太郎様、本射嘉那子様、森井孝則様にお話をうかがいました。

モバイルシステム事業部
馬場翔太郎様

イメージングシステム事業部
本射嘉那子様

経営戦略部門
森井孝則様
「4つのC」がもたらす“Change”
――コミュニティスペースにライブラリーを設置する企業や団体、商業施設やレジデンスなどは増えていますが、「ファブラボと併設されたコミュニティスペース」への選書のご依頼は、私たちにとっても新しい挑戦で、多くのことを学ばせていただきました。ご依頼をいただいたのは2018年ですが、ライブラリー設置の経緯についてお聞かせいただけますでしょうか。
馬場様:
私は16年に入社したのですが、1年目からものづくりが好きな30人くらいの有志メンバーに加わって、いろいろな雑談をしていました。そのようななかで、多方面から品川本社の「CREATIVE LOUNGE」や、ソニーシティ大崎にある「BRIDGE TERMINAL」のような、3Dプリンターなどのデジタル工作機器を自由に使える場所が欲しいという声が寄せられました。我々からマネジメント層に提案し、意見をいただきながら18年に完成したのがこの「コミチカ」というスペースです。


参考;CREATIVE LOUNGEやコミチカの設計を手掛けたNOIZによる紹介記事
https://noizarchitects.com/projects/1084/
この厚木テクノロジーセンターにいる社員の約9割はエンジニアで、仕事に直結しない分野であっても日頃からものづくりのことを考え、手を動かしているような人たちです。品川や大崎は気軽に行ける距離にはないので、厚木にもそのような場所ができたらいろいろなアイデアが生まれるでしょうし、部署を超えた協働や共創が起こるのではないかと考えました。
――ソニーを先駆けとしてファブラボを設置する企業は増えましたが、ライブラリーを併設しようというアイデアはどこから?
馬場様:
コミュニティスペースに本を置いている事例はいくつも耳にしていまして、ファブラボに本を置くことで社員の好奇心や想像力を刺激し、交流機会も作れるのではないかというアイデアはずっと持っていました。ただ、実際にどう選書して購入し、社員の皆さんが気軽に手に取れるような形で配置すればいいのかはわかりませんでした。自分たちで選書してしまうと、エンジニアが大半ということもあり、ジャンルが偏ってしまうのではないかという懸念もあり、プロの方々にお願いしようと考えました。

――いくつもある選書サービスの中から、青山ブックセンターをお選びいただいたのはどのような理由からでしょうか。
森井様:
当初からコミチカのコンセプトを非常によく汲み取っていただいたことと、納品以降の運用までをしっかりとご提案いただけたということが、最大の決め手になりました。
選書から納品の段取りも大変スムーズでしたし、本の一冊一冊に識別シールを貼る取り組みについても、非常に的確なご提案をいただきました。本を定期的に届けていただくだけではなく、私たちの相談に乗りながら、要望に寄り添った選書をしていただきました。
また、本のライフサイクルに配慮される点も、サステナビリティを重視するこちらの姿勢と一致していました。本は納品して以降、そのままずっとライブラリーにあるわけでなく、古くなったり量が増えすぎた時には減らすことも必要になります。かといって廃棄してしまうのは胸が痛みますが、ブックオフグループの青山ブックセンターさんは間引いた本の買い取りまでフォローしていただけるので、利用者のニーズに沿ったライブラリー運用ができると思いました。
馬場様:
もう一つの理由は、コミチカのコンセプトである「4C(Curiosity, Concept, Creation, Challenge」への理解の深さです。わかりにくい部分もあったと思いますが、そこにも真摯に寄り添っていただいて、コンセプトに合わせて毎回選書をしていただいています。外部の客観的な視点を入れつつ、私たちの思いに寄り添ってくれる点が、青山ブックセンターさんにお願いした大きな理由の一つです。
「4C」コンセプト図
――普段よりも専門性の高い選書で、私たちにとっても大きなチャレンジだったのですが、ありがたいお言葉をいただいてホッとしています。「大学の教科書レベルの内容」というご要望もありましたので、単に売れている本や、専門的な内容を正確に理解しないまま引用している本を選べないという責任感もあり、私たちも非常に勉強になりました。
本射様:
私たちも頭を悩ませたところなのですが、そもそも業務に直結した本であれば部署で購入するので、コミチカ向けには、もう少し社員それぞれの視野を広げるためのライブラリーにしようと議論を重ねました。
森井様:
選書方針についても、我々のなかでも意見が分かれるところではあるのですが、「公共図書館ではできないこと」を意識しました。専門性に密着させ過ぎない「遊び」をマージンとして取りつつも、信頼性に欠く本を入れるわけにもいかないので、非常に複雑なリクエストをしてしまったと思います。
馬場様:
こちらからリクエストしたわけではなかったのですが、大学時代の恩師の本が選書されていてとても嬉しく思いました。加えて、しっかりとした選書基準があることも窺えて、青山ブックセンターさんにお願いして良かったと強く感じました。

「傷んだ本」が示す可能性
――改めてライブラリーを見渡してみて、何度も読まれた痕跡のある本が多く、とても嬉しかったです。本がインテリアになってしまって、なかなか手にとって読まれないというのは選書サービス共通の悩みなのですが、こちらは生きたライブラリーになっていることを実感しました。傷みの激しい本は入れ替えたり、同じテーマでもよりアップデートされた本をご提案するなど、よりいっそう読まれるライブラリーにしたいという思いを強くしました。
馬場様:
昼休みに来ると、ここで本を読んでいる人がそれなりの人数でいるんです。本を置くことによるコミチカ利用者数の増加も期待していましたが、実際にどの程度の影響があるのかは未知数でした。そのため、結果として利用者の増加につながっていることを非常に心強く感じています。
また24年からは貸出サービスも始めました。利用し始めた方はまだ限られていますが、リピート率は非常に高く、一度借りた人の満足度の高さが窺えます。社内での認知度を向上させて、利用者数もリピート率も高めていければ、コミチカそのものの発展に寄与するのではないかと考えています。
――貸出回数1位の『2030 半導体の地政学』(太田泰彦、日経BP)は、台湾を巡る情勢もあって注目されている一冊ですが、技術者として半導体と日々向き合っている皆様にとってはさらにリアリティが高かったのではないでしょうか。
馬場様:
半導体はソニーにとってもコアにあたるものですので、関心も課題意識も非常に高いですね。
森井様:
2位の『クリエイティブという神話 私たちはなぜそれを崇拝するのか』(サミュエル・W・フランクリン、河出書房新社)は、少し意外でしたが、既存の技術だけに閉じ込もっていられないという課題意識のあらわれだとすれば、このライブラリーの意義を感じます。同率3位の『解きたくなる数学』(佐藤雅彦他、岩波書店)はタイトルだけ見ると数学の再入門書のようですが、「ピタゴラスイッチ」制作メンバーが作られた本ですので、思考や発想を広げようという意欲で手に取られているのではないかと想像します。

――熱心なリピーターの存在は、私たちにとっても嬉しい限りです。利用者の皆様からのリクエストもあるのでしょうか?
馬場様:
メールで「こういう本を入れてほしい」という要望をもらったことは何度かありますね。利用者全員の声を拾えるような仕組みも作りたいですね。
本射様:
先日、貸出履歴が多い人たちに声をかけて、何人か運営メンバーにスカウトしました。いっそう利用者目線での運営ができたらと思っています。
――さらに皆様のニーズにお応えするには、どのような工夫が必要でしょうか。
森井様:
弊社は年度ごとおよび3年ごとの中期事業計画を軸に、事業のサイクルが組まれています。計画策定のタイミングで、社外で起きていることを見たいと思う人は少なくないはずなので、社外のトレンドを客観的・網羅的に記した書籍などを納入していただけると、そういったニーズを満たせるかもしれません。
また、ロボットやデータセンターに関する本も増やしていただければと思います。社員はそれぞれに専門分野を持ち、近接分野にも携わっていますが、意外と全体像が見えていなかったり、理解が及んでいない領域が手つかずのまま残っていたりもします。実務的ではあるけれど、専門的過ぎないものを選んでいただけると、とても助かりますね。
本射様:
潜在的なニーズを掬うためにも、もっと多くの人にここで本に触れてもらう施策が必要だと感じています。コロナ禍では実現できなかったのですが、読書会開催のアイデアもありました。
組織を超えたコミュニケーションが自然と生まれる空間――コミチカがそのような機能を果たせればと思っていました。読書会に限らず、カジュアルに人が集まる仕掛けをしていければと考えています。
――読書会などのイベントも、ぜひお手伝いできれば嬉しく思います。本日はどうもありがとうございました。
■企業様データ
ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社
本社所在地: 神奈川県厚木市旭町四丁目14番1号
ホームぺージ: https://www.sony-semicon.com/ja/index.html