熊谷直子『レテに浮かんで』
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出版社:TISSUE PAPERS
熊谷は商業写真、特にポートレイトにおいて、人物の内面の核を片手で掴み取るような写真表現を模索してきた作家です。
『月刊 二階堂ふみ』『杉咲花ファースト写真集 ユートピア』といったメジャーフィールドの仕事から、大駱駝館、イ・ランといったインディペンデントな表現者たちとの撮影者/被写体という区分を超えた共創、そして友人知人との関わりに至るまで、多岐にわたる人々との「関係」をカメラに収めてきました。
その熊谷が近年の重要な被写体としてきたのが、東日本大震災のあとに出会った宮城県気仙沼の人々と、認知症を患い施設に暮らす母親でした。多くを失いながらも今を強く生きる人々と、生の証である記憶を日々失いながら毎日を「あたらしい生」とともに生きる母。作家はそこに自身の「今」へと流れ込むひとつの河の流れを見出し、第一作品集『赤い河』(2017, 小社刊)を発表しました。
それから7年。コロナ禍を挟む期間に母がこの世を去り、生家が更地になり、友との別れも経験するなどこれまで立脚してきた「関係」そのものが失われ、形を変えていく中で、「忘れたくないから写真を撮っていると思っていた」という作家自身も、少しずつ変わっていきます。
すなわち、悲しみや喪失、生と死をも固定された状態と捉えるのではなく「あたらしい生」——そこに何があり、自分がどうなるのかさえもわからない未来への経由地であると捉えること。失い、忘れていくことの底に残るものがあるとしたら、それは「変容」の先に見える何かへの希望なのかもしれません。作家の新たに到達したその境地を、本作『レテに浮かんで』としてお送りします。