【9/1 (火)】『溺れながら生きる』『推したちとどう生きるか』刊行記念
信田さよ子×三宅香帆トークイベント
溺れながら生きる私たち アディクションと「推し活」で紐解く令和の今
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| 日程 | 2026年9月1日 (火) |
| 時間 |
19:00〜20:30 開場 18:40〜 |
| 料金 | 1,650円(税込) |
| 定員 | 100名 |
| 会場 | 本店 大教室 |
アルコール依存症とその時代を活写した『依存症』から26年。令和の今、アディクションの主役は女性になった。
母と娘問題、摂食障害、性暴力とPTSD、ギャンブル依存、トー横キッズとOD、セルフケアブーム、そして推し活――依存症臨床の第一人者である信田さよ子さんによる、不安定化する世界の核心を捉えた新たなアディクションが『溺れながら生きる 依存とケアのあいだで』(文藝春秋)です。本書の刊行を記念し、対談イベントにお迎えするのは、『推したちとどう生きるのか』(新潮新書)を同時期に刊行された三宅香帆さん。この社会に広く浸透した「推し活」文化の源流から令和の最前線まで、そして「推しの構造」を読み解く一冊です。
三宅さんは、本の中で、推し活とは、推しを「聖化」しながらも、ただ神のように崇めるのではなく、「母」のようにお産み育てるものであり、ある意味で母性的な愛情表現なのではないか、と言います。また、コロナ禍を経て「推し」文化が広がった背景には、メディアがテレビからインターネットへ移行し、配信ドラマやショート動画が隙間時間を埋め尽くし、転職や副業が日常になり自由で柔軟な働き方が可能になる一方で、自己責任が問われる時代(ポスト消費社会)の痛みがエンジンとなったのではないか、と分析します。
やはりコロナ禍以降の時代の変化を「依存症/アディクション」の切り口で捉え、女性たちをその主役として描いた信田さんの『溺れながら生きる』と、三宅さんの『推したちとどう生きるのか』は時代認識において奇しくも重なり合うところがありそうです。目まぐるしい変化の時代を私たちはどう生きていけばいいのか。その光と影を語り合う一夜です。
プロフィール
信田さよ子 のぶた・さよこ
1969年お茶の水女子大卒、73年同大大学院修士課程修了(児童学専攻)。95年に原宿カウンセリングセンターを設立、現在顧問。アルコール依存症、摂食障害、ドメスティック・バイオレンス、子どもの虐待などの問題に取り組む。日本臨床心理士会理事、日本公認心理師協会会長を経て本年6月より相談役。『アダルト・チルドレン』(学芸みらい社)『DVと虐待』(医学書院)『依存症』(文春新書)『母が重くてたまらない』(朝日文庫)『家族と国家は共謀する』(角川新書)『なぜ人は自分を責めてしまうのか』(ちくま新書)ほか著書多数。
三宅香帆 みやけ・かほ
1994(平成6)年高知県生まれ。文芸評論家。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程中退。著書に『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(新書大賞2025大賞)『「好き」を言語化する技術』『「話が面白い人」は何をどう読んでいるのか』『考察する若者たち』など多数。
書籍情報

信田さよ子『溺れながら生きる ケアと依存のあいだで』(文藝春秋)
著者の臨床心理士としてのキャリアのスタート地点であり、アルコール依存症の男性患者たちを時代の病として活写した『依存症』(文春新書)から四半世紀。令和のいま、依存症の主役は女性たちになった。
若年化するオーバードーズ、自傷、摂食障害、女性のアルコール依存、ホス狂い、性被害とPTSD、そして推し活……。守られるべき家族から放擲され、社会的経験もステイタスもない。ケアを求めてもケアを奪われ、アディクション(依存症)によって溺れながら生き延びる彼女たちの姿を、下り坂日本の写し鏡として描く。

三宅香帆『推したちとどう生きるか』(新潮新書)
日本人にとって推し活はもはや一時の熱狂ではない。現代の推しは、私たちに「ハレの日」を与えてくれる一方で、「ケの日常」もまたともにあることを教えてくれる。それは、この社会に広く浸透した一つの文化なのだ。では、私たちはそんな推しと、どのように持続可能な関係性を築いていけるだろうか。「推し活」文化の源流から令和の最前線までをひもとき、ポスト消費社会における「推しの構造」を鮮やかに読み解く。