【予約・店頭受取り】『青森 AOMORI 1950-1962 工藤正市写真集』

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※当店限定の予約特典として限定100枚!A3サイズポスター付きです。

9月16日刊行予定 

出版社:みすず書房

写真約360点収録 A5変型判(196×148mm) 総432頁・並製 ・年譜/青森駅前撮影場所の地図 

押入れに眠っていた、
七〇年前の青森の写真たち。

跨線橋、市場、工場、町並み、家々、野山、 そして海― 青森のくらしの原風景がここにはある。
工藤正市は 1929(昭和 4)年青森市生まれ、2014 年に 84 歳で亡くなっ た写真家である。 生まれ育ち、一生を過ごした青森の風景と人々を仕事の合間に撮りつ づけ、1950 年代にいっときカメラ雑誌に投稿したほかはだれにも見せ ることなく、家族にすら知らせないまま一生を終え、没後になって家族 が膨大なネガの束を発見。スキャンした画像を Instagram にアップした ところ世界的な反響を呼ぶようになった、ヴィヴィアン・マイヤーにも 通じる「発見の物語」である。 それはよくある「昭和の懐かしい青森」みたいな記録写真でもなければ、 1950 年代に土門拳らが提唱したリアリズム写真による問題提起の試み でもなく、同時期に華々しい活動を展開した同郷の小島一郎のような、 青森の厳しさを暗室作業によって演出する作家性を前面に出した写真で もなかった。 ただ、身の回りにある日常の小さな喜びや幸せや寂しさ哀しさの瞬間 を切り取ること。それが地元の人間には「貧しさの強調」に見えたり、 東京の写真界には「青森の貧しさが足りない」と映ったのかもしれない。 そしてその根底には、いまでは想像もできない、かつての東北に対する 東京人の強固な偏見、差別意識があったはずだ。 「青森をこう見せたい」という地元の思いにも、「青森をこう見たい」 という東京の先入観にも与せず、「どこにも属さなかった」工藤正市が みずから封印した写真群が、半世紀を経たいま甦る奇跡。 「この時代だから」でもなく、「青森だから」でもなく、ここにあるの は人間のいとなみそのものだ。時代を超え、場所を超え、工藤正市の写 真は 70 年前も、いまも、70 年後の未来にも変わることがないはずの、 静かで、揺るぎない「ひと」を僕らに見せてくれる。
― 都築響一(写真家・編集者)

工藤正市(くどう・しょういち)
昭和4年(1929)青森市生まれ。旧制中学校を卒
業後、昭和 21 年(1946)に東奥日報社に入社。昭
和 20 年代中頃から写真雑誌の月例コンテストや 写真展へ応募した作品が高い評価を受ける。昭和 28 年(1953)月 刊『カ メ ラ』月 例 第 一 部(大 型印画)の年間 1 位となる。月例の審査を担当して いた土門拳、木村伊兵衛、浜谷浩などの写真家との交流もあった。昭和 30 年代に入ると仕事と の両立が難しくなり、次第にコンテストへの応 募をやめ、仕事に専念するようになる。昭和 39 年に青森県写真連盟の設立に関わるなど地元写真界での活動は続けていく。昭和 40 年代東奥日報社写真部長となり、昭和 50 年代には機械報道部長や弘前支社長などの役職を歴任。 昭和 63 年頃、東奥日報社を退社。青森西南部東奥日報販売(株)取締役社長に就任。 平成 3 年頃、青森西南部東奥日報販売(株)を退社。平成 26 年(2014)逝去。

 


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